黒髪の男は手の内にある陣太刀をしげしげと眺めた。
「で、これが何だって?」
「さっき言ったでしょ!『あちらのお客様からです。』!」
「…………」
だからそれの意味がわからんのだが……とでも言いたげに男はがっくりと肩を落とす。どうやら目の前の黒眼鏡はそれ以外言う気もないらしい。黙りこくって悩み始めた男の側で柳がざわざわと揺れた。
「……わかった。それがこの刀の説明だな……銘か?」
「いや、そういうわけでもないよ。ワタシの刀に銘が無いのはお前も良く知ってるでしょう〜?」
手が寂しいのか髪をいじり始めた黒眼鏡の人とは対照的に、黒髪の男は驚いたように目を開く。銘のない刀というのはよく見ることではあるが(つい先日も冒険者の依頼で一振り手にしてきたところだった。)、まさかこのアッパラパーが二振り目の刀を作るとは思ってもいなかったからだ。眉を顰め、受け取った刀にまた目をやる。その人が作った一振り目のものとは違って、刃長の割には軽く思えた。
「……抜かないの?」
「何?」
「抜かないのって聞いてるの!お前それでも侍!?侍なら刀持ったらすぐ抜刀するもんでしょ!」
「……あんた何か勘違いしてないか……」
「いいからいいから!!」
ギャアギャアと騒ぐ相手に押されながらも、渋々といったように鮫皮の柄に手を掛け、鞘から刀を引き抜き――
「……何だこれは」
「何って見たまんまでしょ」
その刃は漆黒であった。並の黒とはまた違う、光を吸ったような黒。こんな面妖な刀を作るのもこいつくらいか、と考えながらも、どうしても嫌な考えが頭を過ぎる。暫く刃を眺めてから鞘へ納め、男は黒眼鏡の相手へ向き直った。
「何故これを俺に?」
「え?渡しておいてくれって言われたので……」
「……他に何か言ってなかったか?」
「いや別に。あっ、あちらのお客様からです!」
「……もういい」
男の返答に、黒眼鏡のひとはそう、と満足げに頷いて、話は終わったと言うようにひらりと手を振って来た道を戻って行った。その場には普段と変わらない柳通りの風景と、見慣れない刀を手に持った黒髪の男が残される。
刀を持ち直しながら、男は先程の会話を反芻した。あちらのお客様からです、とはふざけた言葉のようにしか思えないが、「渡しておいてくれと言われた」からには、黒眼鏡以外にも関与した者がいるのは確実である。しかし、
「俺に刀を渡すとは、どういうつもりなんだ……」
神とは分かり合えないものだとは重々承知しているが、それでも知りたくなるというのが“人間”の性といったものだろうか。
賽の河原の奥を一瞥し、それから黒髪の男は闇に消えた。